「阿部一族」太平の世に抗う武士道の美学と意地

投稿者: | 2019年2月11日

寛永十八年(1647)春、肥後熊本藩主細川忠利が亡くなり、三代藩主として細川光尚が家督を継いで第三代藩主となりました(ちなみにですが、このときにはまだ細川忠興は存命です)。戦国の世から大坂の陣、島原の乱を経て、戦乱の世が終わり、太平の世が訪れています。

森鴎外の「阿部一族」は、細川光尚が家督を継いだ翌年に熊本藩で実際起こった、家臣阿部弥一右衛門の遺族の反乱の様子を記した「阿部茶事談」を下敷きに書かれ小説です。 そして、今回紹介する「阿部一族 ディレクターズ・カット」は、森鴎外の阿部一族を原作として、平成7年11月24日にフジテレビで放映されたドラマです。

わたしはこのドラマをDVDで鑑賞し、とても衝撃を受けました。深作欣二監督のリアリティを追求した映像、そして原作を損なわない脚本…。今はこのような時代劇少なくなっているように思うのです。ましてや、ここまでのものはテレビではなかなか難しくなっているようにも思います。 戦国乱世を生き抜いた武士たちの太平の世に抗う武士道の美学と意地。ぜひご覧いただきたい一本です。(2019年2月10日最終更新)

ドラマ「阿部一族」

忠義か、武士道の美学か…非常な組織の論理が、個人の名誉を押しつぶす!

深作監督の森鴎外エンタテインメント!

ストーリー

寛永十八年春。肥後の藩主・細川忠利が病死した。病の床で忠利は家臣に殉死を禁じたが、寵臣達が次々に追い腹を斬る事態が発生、息子の新藩主・光尚は殉死差し止め令を出した。

忠利の遺言を守ってきた阿部弥一右衛門だが、臆病者扱いの誹謗中傷が日増しに高まるや、一族の名誉のため殉死を決意。光尚は令に背いた弥一右衛門の殉死に立腹し、阿部の知行を息子五人に分割する。

納得がいかない長男の権兵衛は、忠利の一周忌の席で髻(もとどり)を切って抗議。打ち首の刑に処される。もはやこれまでと覚悟した次男弥五兵衛らの一族は、兄の首を奪還し屋敷に立て篭った。 

キャスト

阿部弥一右衛門…山崎努、阿部弥五兵衛…佐藤浩市、阿部権兵衛…蟹江敬三、おいち…藤真利子、キヌ…渡辺美佐子、細川忠利…仲谷昇、竹内数馬…杉本哲太、たえ…麻生祐未、林外記…石橋蓮司、柄本又七郎…真田広之、ナレーター…中村吉右衛門 (2代目)

佐藤浩市真田広之の殺陣の迫力にも注目です!

スタッフ

原作:森鴎外『阿部一族』 監督:深作欣二 脚本:古田求

より楽しむための基礎情報

モデルとなっている実際の事件について知っていると、より楽しむことができるかと思います。ただ、こちらは映像を鑑賞されてからの方がいいかもしれません。ご判断にお任せいたします。

阿部茶事談

阿部茶事談は、阿部一族討伐の顛末を討伐から70年から80年くらいの後に、創作を交えて書かれたものとされています。柄本又七郎(森鴎外は柄本と記述)こと栖本通次は、阿部家の隣家であったことから討ち入り無用とされたものの、独断で討ち入り勲功第一の手柄を立てます。通次が討ち入り後に「元亀天正のころは、城攻め野合せが朝夕の飯同様であった、阿部一族討取りなぞは茶の子の茶の子の朝茶の子じゃ」と言ったことから阿部茶事談という表題になっています。

確かに天正の小谷城の戦いでも「浅井が城は小さい城や ああ善い茶の子 朝茶の子」というような唄のやりとりがあったかと思います。通次はそれに擬えて「元亀天正のころは…」と言ったのかもしれません。

事件の真相は?

阿部一族の立て篭もり事件について、研究者の調べ等では次のことが明らかになっています。

  • 阿部弥一右衛門は、他の家臣と同様に忠利の死後の早い段階で殉死していて、命を惜しんだという不名誉を雪ぐために切腹した事実はない。
  • 阿部権兵衛は、職務上の不都合で職を解かれ知行が兄弟に分割されており、その抗議に髻を切っていて、父弥一右衛門の殉死は直接関係がない。(もっとも父が殉死して程ないのに職を解くなんて!という不満はあったのかもしれません)
  • 阿部権兵衛は、立て篭もりの時点では藩に捕らわれていて、一族が討伐されてから斬首されている。

概ね、ドラマは鴎外の原作のとおりに描かれています。森鴎外の「阿部一族」は、青空文庫でどなたでも無料で読むことができます。映像を見た後に振り返りでお読みいただくことをお勧めします。

阿部一族 森鴎外 (青空文庫)

立て篭もる阿部一族だけでなく、討手の大将を命じられる竹内数馬も武士の意地を貫くことを課せられて追討に向かいます。ここでの武士道の美学も見どころです。

阿部一族の討伐という歴史的な事実があり、それを題材とした阿部茶事談が書かれ、さらに森鴎外が小説として描くことにより物語となって現代に伝わっています。赤穂事件における忠臣蔵と同様に、物語は物語として楽しみ、そして歴史的な事実との比較してみるのもまた楽しいと思います。ぜひおすすめしたい作品です。

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