2017年12月 日本史新発見ダイジェスト

投稿者: | 2017年12月28日

平成29年12月もたくさんの新たな発見がありました。このように私たちがいろいろな時代のことを新たに知ることができるのは、日々地道に研究・発掘してくださる研究者、関係者の方のご尽力のおかげです。改めて感謝いたします。それでは今月もさっそくダイジェストで新発見を振り返ります。(2017年12月31日最終更新)


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縄文時代

加曽利貝塚で新たに縄文晩期住居跡 集落形成か 2日に現地説明会 2017年12月1日 産経新聞

貝塚としては初となる国の特別史跡に指定された加曽利貝塚(千葉市若葉区)で、新たに縄文時代晩期(約3千年前)の住居跡が見つかった。近くには同じ時代の住居跡とみられる痕跡が複数見つかっており、この時代の集落跡と考えられるという。

出典: www.sankei.com

国内最古、1万年以上前のクリか 長野の遺跡で発見 2017年12月25日 朝日新聞

長野県上松(あげまつ)町は25日、町内の「お宮の森裏遺跡」で見つかったクリの実が、国内の発見例として最古となる縄文時代草創期(1万6千~1万1千年前)のものと判明した、と発表した。一部の実には小さな穴があり、「人為的に針で糸を通して乾燥させた痕跡かもしれない」としている。

出典: www.asahi.com

弥生時代

宮の本遺跡 2000年前の人骨公開 2017年12月2日 毎日新聞

長崎県佐世保市教育委員会は1日、同市の離島、高島にある宮の本遺跡で、発掘調査で見つかった約2000年前の弥生時代中期のものとみられる人骨を報道陣に公開した。

出典: mainichi.jp

後漢の銅鏡が完全形で出土 福岡・仲島遺跡 2017年12月10日 佐賀新聞

福岡市博多区の仲島遺跡で、2世紀前半(弥生時代後期)に中国・後漢で製作されたとみられる銅鏡が完全な形で見つかった。市によると、弥生後期の銅鏡が割れていない状態で発掘されるのは珍しく、福岡平野では初めてという。

出典: www.saga-s.co.jp

弥生時代の祭器「近畿型銅戈」中国地方以西で初出土 鳥取市・青谷上寺地遺跡で破片発見 2017年12月25日 産経新聞

鳥取県埋蔵文化財センターは25日、弥生時代の青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡(鳥取市青谷町)から武器形の祭器「銅戈(どうか)」の破片1個が出土したと発表した。 形状から、大阪湾を中心に出土例のある「近畿型」銅戈とみられる。中国地方以西での近畿型の出土は初めてで、センターは青銅器流通などを考える上で重要な発見としている。

出典: www.sankei.com

古墳時代

岡山・造山古墳後円部で葺石出土 墳端か、規模や墳形解明手掛かり 2017年12月12日 山陽新聞

岡山市教委が発掘調査を進める全国第4位の規模の前方後円墳・造山古墳(同市北区新庄下、5世紀前半)で11日までに、後円部の墳端とみられる葺石(ふきいし)が出土した。前方部でも前年度の調査で同様の葺石を確認しており、墳長約350メートルとされる巨大古墳の正確な規模や墳形を解明する大きな手掛かりになる。

出典: www.sanyonews.jp

御船町の小坂大塚古墳、県内最大級の円墳か 溝の一部確認 町が本格調査へ [熊本県] 2017年12月16日 西日本新聞

御船町はこのほど、町指定文化財の小坂大塚古墳で、周囲の大規模な発掘調査に乗り出すことを決めた。熊本地震で被災し、解体した付近の建物の地下から、墳丘を囲んでいたとみられる溝の一部が確認されるなどしたため、調査で全容を把握する。町教委によると墳丘は直径50メートル、溝は幅15メートルと推定され、確認されれば県内最大級の円墳になるという。

出典: www.nishinippon.co.jp

琵琶湖の湖底遺跡で土器撮影 立命大グループ、水深70m 2017年12月26日 京都新聞

滋賀県長浜市湖北町の琵琶湖にある葛籠尾崎(つづらおざき)湖底遺跡で、水中ロボットを使って水深約70メートルの湖底に沈む7世紀ごろの完全な形の土器を撮影することに、立命館大のグループが成功した。琵琶湖の深部で土器の撮影地点を正確に特定できた貴重な成果という。

出典: www.kyoto-np.co.jp

飛鳥時代

飛鳥~鎌倉期集落跡「田畦遺跡」祭祀跡など出土 舞鶴市「当時の状況示す遺物」 2017年12月6日 産経新聞

飛鳥~鎌倉時代の集落跡「田畦(たぐろ)遺跡」(舞鶴市大波上)を調査した舞鶴市文化振興課は5日、小規模な古墳、竪穴住居跡や掘立柱(ほったてばしら)建物跡のほか、須恵器(すえき)や土師器(はじき)など土器片約千点が出土したと発表した。

出典: www.sankei.com

奈良時代

平城京跡 大宴会用の炊事施設か 井戸と調理具出土 2017年12月21日 毎日新聞

奈良市の平城宮跡・東院地区で、奈良時代後半(8世紀後半)の井戸とほぼ井戸に直結した溝の跡、さらに屋根を付けるための柱跡が見つかった。井戸は宮跡で最大級で、溝周辺で食器・調理具も出土した。21日に発表した奈良文化財研究所(奈文研)によると、大規模な宴で食事を準備するため、井戸と一体化した機能的な炊事施設を造った可能性がある。同様の遺構は他の都も含めて例がないという。

出典: mainichi.jp

平安時代

丹後国府関連の建物か 京都・宮津、安国寺遺跡で方形の柱跡 2017年12月13日 京都新聞

京都府宮津市教育委員会は13日、安国寺遺跡(同市小松など)の発掘調査で、昨年度に続き一般の集落では見られない方形の柱跡が見つかったと発表した。昨年度の柱跡とほぼ一直線になっており、建物の存在が確認できたことから、丹後国府に関連する遺跡である可能性が高まったという。

出典: www.kyoto-np.co.jp

鎌倉時代

北条氏邸跡(円成寺跡)の姿、明らかに 伊豆の国 2017年12月10日 静岡新聞

伊豆の国市教育委員会は9日、同市の国指定史跡「北条氏邸跡(円成寺跡)」で実施中の発掘調査の現地説明会を開いた。円成寺の姿がより明らかになったことを紹介した。

出典: www.at-s.com

戦国時代

毛利元就の平城遺構か 小倉城から素掘りの巨大堀跡 北九州の文化振興財団調査 2017年12月7日 西日本新聞

北九州市が小倉城(同市小倉北区)の大手門前広場で行った発掘調査で、江戸時代の絵図にない巨大な素掘りの堀跡が見つかった。1602年に細川忠興が築城する前に戦国大名の毛利元就が築いたとされる平城の遺構の可能性もあり、調査した市芸術文化振興財団は「小倉城の歴史解明につながる発見」としている。

出典: www.nishinippon.co.jp

小牧山城跡 本丸西側から「虎口」跡? 愛知 2017年12月11日 毎日新聞

小牧山城跡の発掘調査を進めている愛知県小牧市教育委員会は、本丸西側の斜面で新しい石垣の遺構を発見したと発表した。本丸に通じる出入り口「虎口(こぐち)」の跡とみられ、織田信長が築いた初の石積みの城とされる小牧山城の特徴を示す遺構となる。

出典: mainichi.jp




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安土桃山時代

信長居館跡にカラフルな石敷いた池 発掘調査で発見 2017年12月08日 岐阜新聞

岐阜市教育委員会は7日、岐阜公園内にある戦国武将織田信長居館跡の発掘調査で、庭園に赤、青、黄などカラフルな石を敷き詰めた池の痕跡が見つかった、と発表した。識者は平安時代の公家文化を取り入れたと推測。市教委は信長が客人をもてなすために設けたとみている

出典: www.gifu-np.co.jp

豊臣秀吉が造営した伏見城に隣接する武家屋敷跡(京都市伏見区桃山町)の発掘調査で、関ケ原の戦いの前哨戦で焼けた石垣跡と、後に徳川家康が再建したとみられる石垣跡が見つかり、民間調査会社が14日発表した。豊臣期と徳川期の遺構が同時に見つかることは珍しく、研究者は「激戦の様子や、家康による復興過程を示す貴重な発見」としている。

出典: www.kyoto-np.co.jp

秀吉家臣、一足先に刀狩り? 長浜で古文書発見 市指定文化財に登録 2017年12月28日 産経新聞

豊臣秀吉が天正16(1588)年に出した「刀狩り令」以前に、旧領地の北近江では秀吉家臣で佐和山城主(彦根市)だった堀尾吉晴が刀狩りを行ったとみられる文書が、長浜市常喜町の旧家で発見された。刀狩りの実施をうかがわせる資料の発見は県内初で、長浜市教委はこの文書を含む古文書23点を27日付で市指定文化財に登録した。

出典: www.sankei.com

江戸時代

武市半平太 道場運営資金に? 田畑売った直筆の証文発見 2017年12月7日 毎日新聞

坂本龍馬の盟友として知られ、土佐勤王党を率いた幕末の志士、武市(たけち)半平太(瑞山、1829~65)が、田畑などを売った際の直筆の証文などが高知市で見つかった。武市を顕彰する「瑞山記念館」(高知市仁井田)が7日、発表した。

出典: mainichi.jp

忠臣蔵で知られる大石内蔵助の妻りくによる直筆の手紙がこのほど、りくの出身地、兵庫県豊岡市で見つかった。手紙には内蔵助の遺児となった三男の仕官や、次女の縁組への喜びがつづられ、関係者は「300年の時を超え、りくの思いがよみがえった」と喜ぶ。赤穂義士の討ち入りがあった14日から2日間、公開される

出典: www.kobe-np.co.jp

長野県上田市真田町長(おさ)の山家(やまが)神社で、幕末の1860(安政7)年の桜田門外の変の襲撃に参加した水戸浪士の杉山弥一郎(1824〜61年)が製作した火縄銃1丁が見つかった。上田市の信州真田鉄砲研究会の顧問で古式銃研究家の沢田平(たいら)さん(82)=大阪市=が鑑定した。信州に伝わった経緯は不明だが、関係者は、歴史的事件と関係がある品として注目している。

出典: www.shinmai.co.jp

幕末の松山・ポルトガルつなぐ時計発見 2017年12月14日 愛媛新聞

県歴史文化博物館(愛媛県西予市)は14日、明治時代初期にポルトガル領事が松山藩知事に贈った懐中時計が見つかったと発表した。松山市の個人から今年3月に寄贈され、調査を進めていた。同館の井上淳学芸課長は「幕末に松山藩が軍艦を購入した経緯や、ポルトガル領事との深いつながりを示す貴重な史料」としている。

出典: headlines.yahoo.co.jp

琉球王国の遺構か、工事現場で発掘 石積みの水路、城下町の面影 2017年12月22日 琉球新報

沖縄県が那覇市首里大中町で実施している県道29号街路整備の工事現場で、石積みの「首里当蔵旧水路」の遺構が発掘された。旧水路は首里城北側の古池「龍潭」沿いにあり、全体の一部。コンクリートの歩道地下から見つかった。琉球石灰岩で造られ、幅約70センチ、深さ60センチ、全長約60メートルに及ぶ。造られた時期について県立埋蔵文化財センターは、旧水路向かいにある「中城御殿」(なかぐすくうどぅん、かつての次期琉球国王の邸宅)の写真資料などから「少なくとも明治時代以前」と推定している。

出典: ryukyushimpo.jp

岡山城に「幻の内堀」実在か 二の丸跡で出土、最古の絵図と酷似 2017年12月31日 山陽新聞

岡山城二の丸跡(岡山市北区内山下)の発掘調査で今春出土した堀跡が、同城の最古の絵図に描かれているものの、存在が確認されていない“幻の内堀”の可能性があることが、30日までに分かった。近世城郭の基礎が築かれた宇喜多期(16世紀末)にさかのぼる遺構とみられ、注目を集めている。

出典: www.sanyonews.jp

昭和時代



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2018年1月 日本史新発見ダイジェスト