NHK大河ドラマ「西郷どん」で西郷隆盛の盟友として瑛太さんが好演する「大久保利通(正助・一蔵)」。明治11年(1878)5月14日は、その大久保利通が不平士族らにより暗殺された「紀尾井坂の変」が起こった日です。おそらく「西郷どん」では描かれないこの事件の現場を歩きました。
紀尾井坂とは
紀尾井坂は、JR四ツ谷駅から徒歩ですぐのところにあります。この坂は、紀伊徳川家の「紀」、尾張徳川家の「尾」、井伊家の「井」のそれぞれ一字ずつを取って「紀尾井坂」と江戸期より呼ばれていました。
親藩の大藩と譜代筆頭の井伊家の屋敷をここに配置しているのは、江戸城防衛のための重要な場所であったことにほかなりません。
紀尾井坂の先には弁慶堀があり、そこには「喰違見附」があります。喰違は土塁を前後に延ばして道をジクザクにして直進を阻むという、戦国期以来の古い形態の虎口(城の出入口)の構造です。周辺には、赤坂御門、四谷御門もありますので、要衝となるこの地に3藩を配置しているのです。
今回も「大江戸今昔めぐり」で位置関係を確認します。切絵図の上のほうに紀尾井坂とあります。そして下方には、清水坂とあります。
紀州徳川家の面影の色濃く残しているのは、文藝春秋社の前の石垣です。大大名の威光を感じる立派な石垣です。
尾張徳川家の敷地は上智大学になっています。こちらは表示板のほかあまり遺構は探せませんでした。
そして、井伊家の中屋敷の敷地は、ホテルニューオータニとなり、こちらにも説明表示があります。赤い岩は何か由来があるのでしょうか?ちょっとわかりませんでした。
ホテルに日本庭園がありますが、ホテルの説明板には、明治期以降に設計とあるので井伊家の遺構ではないのかもしれません。ただ、敷地内には大きな石灯篭がたくさんありましたので、これはこの地に江戸期からあったものかもしれません。
喰違の変
紀尾井坂の変から遡ること4年前の明治7年(1874)1月14日の夜、喰違見附では右大臣岩倉具視が不平士族による襲撃を受けています。不平士族の多くは征韓論者でこれに反対した岩倉・大久保は彼らの不満と恨みを一身に受けることになったのです。
馬車に乗って赤坂の仮皇居からの帰路に襲撃を受けた岩倉ですが、さすがに幕末に幾多の同様の危機を乗り越えてきただけのことはあり、喰違の下の四ッ谷濠に飛び込み、襲撃者たちが岩倉を見失ったために九死に一生を得ています。1月の皇居の堀…氷が張るくらいに冷たかったでしょう。
紀尾井坂の変
喰違の変から4年後に紀尾井坂の変が起こります。前年の明治10年(1877)9月24日には西南戦争が終結し、西郷隆盛もこの世の人ではなくなっています。組織的な抵抗が困難であることが分かっていますから、暗殺という手段で目的を達成しようとする不平士族たちがいることは、警察トップの大警視川路利良にも実行犯の具体的な氏名も含め情報として伝わっていました。
しかし、川路は「石川県人に何ができるか」と大久保の警護を強化するなどの対応をとりませんでした。喰違の変もあったのですし、要人警護がなぜここまで手薄だったのかは疑問ですが、結果としてそれが災いしました。もしかしたら政府の窮状を知っている大久保が無駄なお金をかけるなと警護を固辞していたのかもしれません。
暗殺犯たちによる斬奸状には以下の5つの暗殺理由が書かれていました。
①国会も憲法も開設せず、民権を抑圧している。②法令の朝令暮改が激しく、また官吏の登用に情実・コネが使われている。③不要な土木事業・建築により、国費を無駄使いしている。④国を思う志士を排斥して、内乱を引き起こした。⑤外国との条約改正を遂行せず、国威を貶めている。
これが当時の不平士族の思うところであったのでしょう。しかし、大久保のみに起因することとも考えられません。
紀尾井坂の変という名称から、紀尾井坂で襲撃は起こったと考えられがちですが、案内板によると、事件の現場は紀尾井坂ではなく、清水坂の現在の清水谷公園の前あたりだそうです。大久保の先払いの灯火を持った従者が紀尾井坂に差し掛かっていたことから紀尾井坂で起きた事件として記憶されたとのことです。清水谷公園には、大久保の哀悼碑が建っています。
大久保は、仕事面ではとても厳格でだれもが恐れる威厳を持っていたそうですが、家では子煩悩な父親であったと伝わっています。また私財も国のために投じ、私腹を肥やすようなことは一切なく、死後は8000円もの借財がのみが残りました。国のためを思い、全身全霊で生きていた人であることには間違いはないようです。
また生前、西郷どんの手紙を常に懐に入れ、暗殺の際にも2通の血染めの手紙があったといいます。西郷のことを一番思っていたのは彼なのかもしれません。
清水谷公園を散策すると、写真のような古い石垣を見つけました、こちらも江戸期の紀州藩邸の名残かもしれません。
桜田門外の変から、紀尾井坂の変まではわずか18年です。幕末から明治の時代の流れの速さを感じずにはいられません。奇しくも井伊家中屋敷の裏道で18年後にまたも国の最高権力者が命を落とすことになりました。
「西郷どん」の瑛太さんが演じる大久保利通がこれからどんな人物として描かれるのか、そして西郷との関係についても注目し、楽しみにしたいと思います。