平成30年9月も各地からたくさんの新たな発見の情報が届きました。台風などの自然災害が多い月でしたが、大雨にも負けずに各地で発掘調査等の成果が発表されています。また、不幸中の幸いとしては、二条城で強風により金具がはずれ、家康築城時のものと考えられる葵の紋跡が発見されたという報道もありました。
多くの方の関心を誘ったのは、江戸初期の老忍者の嘆きの史料でしょうか。。太平の世に生きる忍者の生きづらさを今に伝える貴重な発見だと思います。
それでは、さっそくダイジェストで新発見を振り返ります。(2018年10月1日最終更新)
縄文時代
船橋・取掛西貝塚に1万年前の集落跡 さまざまな地域と交流か 国指定史跡へ前進 千葉 2018年9月25日 産経新聞
千葉県船橋市教育委員会は発掘調査中の取掛(とりかけ)西貝塚で縄文時代早期(約1万年前)の関東最大級の集落跡などが判明したと発表した。同市教委埋蔵文化財調査事務所によると、昨年6月からの本格的な学術調査で約1万年前の竪穴住居跡24軒を発見。約8メートル×約7メートルの、広い四角形の住居跡も見つかったという。
出典: www.sankei.com
弥生時代
清水森西遺跡で2200年前の炭化米/弘前 2018年9月19日 東奥日報
弘前大学人文社会科学部北日本考古学研究センター(センター長・関根達人教授)は、2017年度から2カ年で調査している青森県弘前市十面沢の弥生時代遺跡「清水森西遺跡」で、約2200年前の炭化米などを発掘したと18日、公表した。
古墳時代
「盾持ち人埴輪」複数確認 「変遷知る手がかり」 栃木・壬生の愛宕塚古墳 2018年9月3日 産経新聞
発掘調査が進む栃木県壬生町の国指定史跡「愛宕塚(あたごづか)古墳」について、壬生町教育委員会は3日、調査状況について発表し、周堤上の「盾持ち人埴輪(はにわ)」が5カ所で確認されたことを明らかにした。茨城大と東京学芸大の調査で判明したといい、盾持ち人埴輪が周堤上の複数地点から発掘されたのは栃木県内初。東京学芸大の日高慎(しん)教授は「かなりの数が並んでいたと推定される。古墳の変遷を考える上で貴重な資料が得られた」と述べた。
出典: www.sankei.com
久津川車塚古墳で「渡り土手」の大きさ確認 葬送用に飾り付けた通路か 2018年9月6日 産経新聞
京都府城陽市の国史跡で府南部最大級の前方後円墳、久津川車塚古墳(5世紀前半、全長約272メートル)で、「渡り土手」と呼ばれる遺構の全体の大きさが判明し、市教育委員会が5日発表した。墳丘と外堤とのつながりを確認。周囲から埴輪(はにわ)や鉄製品が出土したことなどから、築造の作業と葬送の通路として活用されたとみられる。
出典: www.iza.ne.jp
古墳時代の「竪穴住居」60棟以上発見 浪江・北中谷地遺跡 2018年9月6日 福島民友
浪江町教委は5日、同町北幾世橋で発掘調査を進めている北中谷地(きたなかやち)遺跡を報道公開した。調査の結果、古墳時代の竪穴住居60棟以上が発見されたほか、飛鳥時代ごろの製鉄炉も見つかった。町教委は古墳時代前期の集落としては福島県内有数の規模としている。
郡山で最大規模「正直21号墳」 壺形埴輪片や木棺2棺など確認 2018年9月16日 福島民友
郡山市は15日、同市田村町正直(しょうじき)の「正直21号墳」が、直径約35メートル、高さ約4.5メートルの円墳で、古墳時代前期(3世紀中ごろから4世紀)の円墳としては県内有数の規模で、同市では最大規模とみられると発表した。
函南で前方後円墳発見 筑波大など研究チーム 2018年9月18日 伊豆新聞
国内で発掘調査を続ける筑波大の滝沢誠准教授(55)と東京大、静岡大などを中心とする研究チームが、函南町平井にある天地神社近くの丘陵に、推定全長87メートルにもなる巨大な「前方後円墳」の遺跡があることを突き止めた。伊豆半島では最大規模となる歴史的発見で、2016年度から発掘調査をしている滝沢准教授は「県内、特に伊豆地域における古代の歴史を考える上で、非常に大きな発見。4世紀ごろにはかなり大きな勢力があったと考えざるを得なく、伊豆の古代史を考え直さないといけない」と新発見の意義を説明した。
出典: izu-np.co.jp
飛鳥時代
飛鳥時代の寺院跡発見 蘇我氏勢力「播磨犬寺」の可能性 兵庫・神河 2018年9月27日 神戸新聞
兵庫県神河町教育委員会は27日、同町福本の田畑で飛鳥時代後期の寺院跡が見つかった、と発表した。中世の文献に記載がありながら、所在が分かっていなかった「播磨犬寺」跡の可能性が高いという。同寺は大化の改新(645年)前に権勢を誇った蘇我氏に近い豪族が創建したと伝わる。専門家は「蘇我氏と播磨地域とのつながりなど、古代史をひもとく手掛かりになる」と指摘している。
出典: kobe-np.co.jp
奈良時代
大規模な「土師器工房跡」発見! 田中遺跡、硯も出土…官営か 2018年9月7日 福島民友
会津若松市教委は6日までに、同市河東町の田中遺跡の発掘調査で、奈良時代後半から平安時代初期とみられる土師器(はじき)の大規模な工房跡を発見した。市教委文化課の五十嵐純一副主幹は「会津地方で奈良時代の遺跡が発見される例は少なく、これだけ大きな土師器の工房跡は貴重だ」としている。
奈良期の建物跡出土、周辺の物資集約か 滋賀・福満遺跡 2018年9月11日 京都新聞
滋賀県彦根市教育委員会は10日、同市小泉町の福満遺跡の発掘調査で、奈良時代の掘立柱建物跡などが見つかったと発表した。米を蓄える倉庫と考えられ、周辺の物資を集約する役割があったのではないかとしている。
平安時代
大規模石敷き遺構出土 無量光院より時代古く 平泉遺跡群調査整備委 2018年9月7日 岩手日日新聞
2018年度第1回平泉遺跡群調査整備指導委員会(委員長・田辺征夫大阪府文化財センター理事長)は6日、平泉町と奥州市内の平泉関連遺跡で現地指導を行った。このうち同町の無量光院跡では、町教委による発掘調査で見つかった大規模な石敷きの遺構について調査が行われ、無量光院より古い時代のものであるとの見解に達した。
平安前期の坊城小路を発掘 京都で調査、江戸前期の坊城通跡も 2018年9月22日 京都新聞
京都市中京区西ノ京勧学院町・南聖町の発掘調査で、平安時代前期の坊城小路と、江戸前期の徳川家光による二条城再整備に伴い約8メートル東側に移された坊城通の跡が見つかった。旧坊城小路はメインストリート朱雀(すざく)大路の一筋東を南北に通る。調査した民間会社は、平安後期以降の出土品が少ないため、平安京で栄えたとされる左京にありながらも、右京と同様に衰退した後、江戸期に再開発されたことが分かる遺構としている。
類例ない時期の「経帙」か 東寺、大般若経の覆い調査 2018年9月27日 京都新聞
京都市南区の東寺(教王護国寺)で、奈良時代に書写された「大般若経」を保管するための覆い「経帙(きょうちつ)」の調査が進められている。内部に補強材として使われていたほご紙の記述から、現存する経帙の大半は平安時代中期に作られたことが判明した。現在、境内の宝物館で初公開されており、経を守るための先人の工夫を知ることができる。
鎌倉時代
中世期の人骨1体出土 宇検村屋鈍 2018年9月16日 南海日日新聞
鹿児島女子短期大学の竹中正巳教授らの調査チームが宇検村屋鈍で行った発掘調査で、約500~800年前の中世期(鎌倉~室町時代)に埋葬されたとみられる人骨1体が見つかった。住民説明会が15日に現地であり、竹中教授は「奄美大島南部の当時の人の生活を知る貴重な資料になる」と述べた。村側は歴史民俗資料展示室での保存や公開を検討するとしている。
出典: www.nankainn.com
仏像から鎌倉時代の経典=佐賀県白石町 2018年9月18日 時事通信
佐賀県白石町の弥福寺が所蔵する木造阿弥陀如来立像の内部から承久4(1222)年に書写された経典「浄土三部経」が見つかった。福岡市博物館などが11日発表した。鎌倉時代の仏像で制作年が判明するのは珍しく、同館は「九州の彫刻史を研究する上で貴重な発見」としている。
出典: www.jiji.com
室町時代
首里城公園内で初出土 琉球王朝時代の軍用道路「真珠道」の石畳 2018年9月5日 沖縄タイムス
約500年前の琉球王朝時代に整備された軍用道路「真珠(まだま)道」の石畳が、道の起点となる那覇市首里の守礼門近くで見つかった。首里城公園内での真珠道の石畳の発見は初めてで、調査する県立埋蔵文化財センター文化財調査専門員の田村薫さん(30)は「起点から最も近い石畳。真珠道の道幅が確認できたという意味で大きな発見だ」と説明する。
戦国時代
最古の「禁制」発見 戦国武将・細川国慶 軍による略奪禁止など記す 2018年9月28日 産経新聞
大阪大谷大(大阪府富田林市)は28日、大名などの権力者が軍勢による略奪などの禁止行為を記した「禁制(きんぜい)」と呼ばれる古文書のうち、京都の「町(ちょう)」に宛てた最古の禁制を発見したと発表した。天文15(1546)年9月に戦国武将・細川国慶(くによし)が発給した禁制で、これまで最古とされたものより2カ月古いという。
出典: www.sankei.com
歴史街道 2018年11月号
今月の特集1は、「伊達政宗と秀吉・家康」です。
国際情勢しかり、ビジネスの世界しかり、またあらゆる組織にも言えることですが、後から成長してきた者は必ず、ある段階で大きな“壁”にぶつかります。
うした時、その壁とどのように対峙し、生き残りを図るのか――。
戦国時代後半に、東北地方で急速に版図を広げた「独眼竜」伊達政宗。彼にとって大きな壁となったのが二人の天下人、豊臣秀吉と徳川家康です。
本特集では、伊達政宗がどのように急成長を遂げたのか、秀吉・家康をいかに乗り越えようとしたのか、そのときどんな想いを抱いていたのか、そして乗り越えることが難しい時、どのような選択をして家と誇りを守ったのかに迫ります。
そこには、現代を生きるわれわれにとっても、ヒントがあるのではないでしょうか。
特集2は、大河ドラマ『西郷どん』で笑福亭鶴瓶さんが演じて話題の、岩倉具視を取り上げています。
巻頭グラビアは、映画『散り椿』主演の岡田准一さん。
特別企画は、「島原の乱と天草四郎」です。世界史の中でこの乱を位置づけると、どんなことが見えてくるのか・・・是非お一読ください。
安土桃山時代
秀吉築いた堤、江戸期に再造成か 京都・宇治川 2018年9月11日 京都新聞
京都府宇治市は12日、豊臣秀吉が16世紀末に築いたとされる国史跡・宇治川太閤堤跡(同市宇治-莵道)の発掘調査の結果を発表した。当初の護岸が洪水などにより土砂で埋まった後、新たに石を積み上げた修築護岸を確認。江戸期前半に造り直したとみている。
田辺城跡発掘調査、本丸南側の石垣と堀初確認 京都・舞鶴 2018年9月14日 京都新聞
京都府舞鶴市は13日、戦国武将で文化人の細川幽斎が築城した田辺城跡(同市南田辺)の発掘調査で、本丸南側の石垣と堀が初めて確認されたと発表した。石垣の一部は安土桃山時代に見られる積み方になっており、市文化振興課は「幽斎の時代に造られた可能性がある」としている。
初期の伏見城跡に江戸期の溝 秀吉時代の地割り反映か 2018年9月25日 京都新聞
豊臣秀吉が京都市伏見区で築いた初期の伏見城(指月(しげつ)城)跡で、城特有の地割り(区画整理)を反映したとみられる江戸時代の溝跡や、安土桃山期から江戸初期ごろの金箔(きんぱく)瓦などが見つかった。調査した市文化財保護課は「謎が多い指月城の実態解明の一助になる調査成果だ」としている。
江戸時代
難逃れた平田玉蘊のびょうぶ画 倉敷・真備の被災宅で発見 2018年9月5日 山陽新聞
西日本豪雨で被災した倉敷市真備町地区、若林泰典さん(68)方から、江戸後期に活躍した尾道市出身の女性画家平田玉蘊(ぎょくおん)(1787~1855年)のびょうぶ画が見つかった。1階が浸水した家の2階にしまわれており、難を逃れた。広島県立歴史博物館(福山市西町)に寄贈され、6日から9日まで特別公開(無料)される
出典: www.sanyonews.jp
松尾芭蕉 女流俳人宛ての書簡発見 2018年9月6日 毎日新聞
俳諧に関する資料を収集、展示する「柿衞(かきもり)文庫」(兵庫県伊丹市)は6日、松尾芭蕉(1644~94年)が弟子の女流俳人・河合智月(ちげつ)に宛てた自筆の書簡を新たに発見したと発表した。芭蕉の自筆書簡は200通以上見つかっているが、女性宛ては9通目、智月宛てでは6通目という。
出典: mainichi.jp
岡崎城で「三つ葉葵」金箔瓦 名古屋城に次ぎ2例目出土 2018年9月20日 中日新聞
愛知県岡崎市教委は20日、同市の岡崎城で実施した発掘調査で、徳川家の家紋「三つ葉葵紋」の金箔が施された瓦が出土したと発表した。城郭で三つ葉葵紋の金箔瓦が見つかったのは、尾張徳川家が治めた名古屋城に次いで全国で2例目。岡崎城の全容を解明する手掛かりになりそうだ。
太平の江戸、忍者つらかった 甲賀の頭「秘術信用されない」 2018年9月21日 京都新聞
「70歳前後より若い者は役に立たない」「学問が盛んになり、秘術が信用されない」。滋賀県甲賀市がこのほど刊行した資料集から、甲賀忍者が江戸時代の平和な世の中で自身の立場の衰退を嘆いたり、将来を不安視する姿が浮き彫りになった。編集した市教育委員会は「忍者が重んじられない状況への危惧など、ここまで切実な肉声を記した記録は珍しい。甲賀に限らず、当時の忍者全体に通じる問題ではないか」としている。
下館藩設置「白木陣屋」のカラー絵図見つかる 大阪大谷大博物館で展示へ 2018年9月25日 産経新聞
大阪大谷大(大阪府富田林市)は25日、下館藩(現・茨城県筑西市)の藩主・石川氏が現在の大阪府河南町に設置していた支配拠点「白木陣屋(しらきじんや)」の色づけされた詳細な絵図が見つかったと発表した。これまではモノクロの略図が確認されているのみで、建物も現存しておらず、同大の馬部(ばべ)隆弘准教授(日本中世・近世史)は「屋敷の復元も可能だ」としている。
出典: www.sankei.com
二条城に家康築城時の葵紋跡か 京都、台風で覆い外れ露出 2018年9月27日 京都新聞
二条城(京都市中京区)の国宝・二の丸御殿の屋根で、築城した江戸幕府の初代将軍徳川家康ゆかりの葵(あおい)紋の飾り跡が、26日までに見つかった。皇室別邸となった明治期に取り付けられた飾り金具で覆われていたが、今月4日に直撃した台風21号の強風で金具が外れ、思わぬ形でお目見えしている。
歴史人 2018年11月号
【戦国乱世 知将たちの選択】ーー乱世において何よりものを言うのは暴力であり、力の強さや兵力こそがまず第一の道。一方で、そういった力に自信のないものには、頭を使って生き残るという第二の道もあった。知識や教養といった面で秀でた知性派の武将たちがそのモデルといえる。生き残るために知性で戦った男たちの戦略。その「頭脳」をのぞく。
明治時代
”西郷どん”長男 皇室ゆかりの聖護院境内に自宅か 2018年9月3日 NHK
西郷隆盛の長男で、二代目京都市長を務めた西郷菊次郎が市長当時皇室ゆかりの寺「聖護院」の境内に自宅を構えていたことが分かった NHK
「学問のすゝめ」初版本2例目 中津市「保存状態極めて良好」 [大分県] 2018年9月20日 西日本新聞
中津市は18日、全国で9冊しか現存が公式確認されていない福沢諭吉(1835~1901)の「学問のすゝめ」初版本が大江医家史料館で見つかったと発表した。2016年3月、地元郷土史家の遺族が同館に寄贈した書籍の中から発見された初版本に続き市内での発見は2例目だが、市は「保存状態が極めて良好」と話す。10月6日から福沢記念館(同市)で開催される企画展「『学問のすゝめ』のヒミツ」で公開される。
多くの発見の積み重ねから明らかになる新事実、いつもわくわくします。また来月も心躍るような新たな発見がありますように…。