【日本史】2019年 明治時代以降の新発見ダイジェスト

投稿者: | 2019年2月24日

日本史は、日々の研究や発掘の成果により更新されています。それでも、いつどんな発見があったのかは、あまりに多くの発見があるために忘れてしまいがちです。ここでは、2019年の明治時代以降(明治・大正・昭和)の新発見を月ごとに記録してまいります。今年も驚くような新発見に出会えますように…。(2019年6月30日最終更新)

1月

夏目漱石の成績表を発見 旧制一高時代、哲学クラストップ 2019年1月7日 毎日新聞

福井県は7日、夏目漱石(1867~1916年)が旧制第一高等中学(現東京大教養学部)に在籍した時の成績資料が見つかったと発表した。現在の福井県越前市出身の哲学者で一高教諭の松本源太郎(1859~1925年)が、論理学(哲学)の成績を付けた備忘録的な手帳で、漱石の大学入学前の学業状況を示す記録は珍しく、県は「文豪の若き日がうかがえる貴重な資料」としている。

出典: mainichi.jp

日露戦争陸軍兵の従軍記発見 遼陽会戦・黒溝台会戦 詳細に  2019年1月9日 産経新聞

大阪市淀川区の民家から、明治時代の日露戦争(1904~05年)の際に陸軍兵が記録したとみられる従軍日誌が見つかった。日本陸軍とロシア軍の主力が衝突した遼陽(りょうよう)会戦、黒溝台(こっこうだい)の会戦といった日露戦争の主要作戦についても詳述。文書を見た立命館大学の小関(おぜき)素明教授(日本史学)は「書いた人の視点で日露戦争のひとこまが記された貴重な資料。新たな日露戦争の理解を加えるものになるのではないか」と話している。

出典: www.sankei.com





2月

西古見砲台跡を初確認  瀬戸内町教育委員会戦跡調査 2019年2月8日 南海日日新聞

瀬戸内町教育委員会が進めている同町西古見の近代遺跡(戦争遺跡)砲台跡の発掘調査が1月7日~2月1日に行われた。遺跡を覆っていた土や草木を除去し、砲座を初確認。町教委社会教育課埋蔵文化財係の鼎丈太郎さんは「大正期に造られた砲台跡を発掘するのは全国でも例がなく、どういう兵器がどう使われていたのかを確認できた」と調査成果を強調した。

出典: www.nankainn.com

90年前の豊国丸遭難記録 詳細に 死亡の船長、最期まで救命 襟裳沖 2019年2月11日 毎日新聞

襟裳岬(北海道えりも町)沖で1929(昭和4)年に沈没し、死者・行方不明者が78人に達した漁場送り込み船「豊国(とよくに)丸」(2344トン、176人乗り組み)の遭難と事後処理を記録した貴重な資料が昨秋、確認された。【松倉展人】

出典: mainichi.jp

シベリア女性抑留者の名簿を発見 日本121人、ロシアで保存 2019年2月23日 共同通信

旧ソ連によるシベリア抑留で、詳しい実態がつかめていない女性の抑留者について、日本人121人とドイツ人3人の名前などを記した名簿が、モスクワのロシア国立軍事公文書館に残されていることが23日、分かった。大阪大の生田美智子名誉教授が発見した。女性抑留者を巡っては、帰国後の証言や手記などが残されているが、女性の名前が列挙された公的資料の存在が確認されたのは初めてとみられる。女性抑留者は大まかな総数すら判明しておらず、全体像を解明する端緒となる可能性がある。

出典: this.kiji.is

徳川慶喜直筆「誠」の書 広辞苑編者の新村出旧宅で発見  2019年2月26日 京都新聞

江戸幕府最後の将軍徳川慶喜が書いたとみられる書が、「広辞苑」の編者として知られる言語学者新村出(しんむらいずる)の旧宅(京都市北区)で見つかった。出の養父猛雄が慶喜に仕える身だったため、新村家で軸装されて受け継がれたと考えられる。約1メートル四方の絹本に力強く「誠」と書かれ、「慶喜」の落款が押してある。書かれた時期は不明だが、専門家は「劇的な人生を歩んだ慶喜の人物像を知る上でとても貴重な史料」と話す。

出典: www.kyoto-np.co.jp

サン・ファン出帆地は「雄勝」 明治時代の硯に記述 2019年2月28日 石巻かほく

牡鹿半島の月浦(石巻市)からの出航が定説とされる慶長使節船サン・ファン・バウティスタ号について、出航の地が石巻市雄勝町と解釈される文字を刻んだ明治時代製作の雄勝硯(すずり)が見つかった。雄勝湾からの出航を唱える地元関係者は「雄勝説」を裏付ける貴重な史料として注目している。

出典: ishinomaki.kahoku.co.jp

3月

明治の境関跡 伝える古文書 朝日・旧記念館 壁紙下張りから発見 2019年3月2日 北日本新聞

加賀藩十村役の邸宅だった旧朝日町明治記念館の壁紙の下張りから新川県が作った明治初期の古文書が見つかった。

出典: webun.jp

東京駅建設中の写真原本を発見  鉄骨構造鮮明に、横須賀市  2019年3月5日 共同通信

神奈川県横須賀市は5日、1914年に開業した東京駅の建設中の様子を撮影した写真の原本(縦約20センチ、横約54センチ)が市施設で見つかったと発表した。11年7月19日に撮影され、れんがを積む前の鉄骨構造が鮮明に写っている。

出典: this.kiji.is

今なら25億円、宇部高設立時の寄付名簿みつかる 2019年3月14日 宇部日報

11月に開校100周年を迎える山口県宇部高(古谷修一校長)の創立に当たって、1920(大正9)年に財団法人宇部共同義会が募った寄付に協力した人たちの名簿と開校式の招待者リストが見つかった。名簿には渡辺祐策など炭鉱経営者や歴代村長経験者ら知名士に加えて一般村民の名前も並び、同校が宇部の人たちの期待を一身に担って開校したことを示す貴重な資料となっている。

出典: headlines.yahoo.co.jp

4月

太宰治「お伽草紙」完全原稿を発見 70年ぶり387枚 2019年4月5日 朝日新聞

作家、太宰治(1909~48)の代表作の一つ「お伽草紙(とぎぞうし)」の完全原稿が見つかった。「瘤(こぶ)取り」「舌切雀(したきりすずめ)」など日本の昔話を元にした作品集。戦時下に執筆され、終戦直後に単行本が出たあと行方がわからなくなっていた。東京都目黒区の日本近代文学館で、6日から公開している。

出典: www.asahi.com

新紙幣の顔 渋沢栄一の漢詩の軸を確認 京都・霊山歴史館 2019年4月17日 毎日新聞

2024年度からの新しい1万円札に採用が決まった実業家で、「近代日本の資本主義の父」とされる渋沢栄一(1840~1931年)が渡米時の所感を28文字の漢詩で書いた掛け軸が、京都市東山区の霊山(りょうぜん)歴史館で確認された。明治末期ごろの作と推定され、同館は渋沢の名前と雅号「青淵(せいえん)」の朱印があることから直筆とみている。

出典: mainichi.jp

会津藩家老・田中土佐が長女に託し…戊辰の短刀城下へ 子孫が福島県立博物館に寄託 2019年4月18日 福島民報

戊辰戦争時の会津藩家老田中土佐が自刃前に長女此(この)に託した短刀が十七日、会津若松市の県立博物館に寄託された。土佐のやしゃご木暮陽子さん(70)=神奈川県横須賀市=が夫美奈夫さん(72)と共に持参し約百五十年ぶりに会津に戻った。博物館は公開を検討している。

出典: www.minpo.jp

5月

幣原喜重郎の「憲法9条」掛け軸発見 軍備よりソフトパワー 漢詩に思い託し 2019年5月3日 毎日新聞

戦後2人目の首相として連合国軍総司令部(GHQ)との憲法制定交渉に当たった幣原(しではら)喜重郎(1872~1951年)が在任中、憲法9条への思い入れを託したとみられる漢詩の掛け軸を千葉県在住の歴史家、大越哲仁さん(57)が発見した。掛け軸は長年、所在不明になっていた。

出典: mainichi.jp

6月

新史料発見 戊辰戦争時・磐城平藩と笠間藩 戦闘の記述なし 2019年6月6日 福島民報

戊辰戦争で東軍(旧幕府軍)側についた磐城平藩が、西軍(新政府軍)側に加わった笠間藩がいわき市に保有した「神谷(かべや)陣屋」を制圧した際の状況を示す史料が見つかった。磐城平藩が戦闘で陥落させた説が知られているが、史料によると協議の上で明け渡したとの記述がある。

出典: www.minpo.jp

“幻”の明治新聞社刊、戦前の山城地域「長者番付」発見  2019年6月18日 京都新聞

京都府宇治市の茶農家でこのほど、1930(昭和5)年の山城1市(伏見)6郡(乙訓、宇治、久世、紀伊、綴喜、相楽)の長者番付表が見つかった。発行したのは、当時の伏見市(現京都市伏見区)にあった明治新聞社。酒造と水運のまち、伏見の繁栄を伝えるほか、幅広い職業の人たちの名があり、昭和初期の地域社会の一面を伝えている。

出典: www.kyoto-np.co.jp

★松平容保「御宸翰」…明治天皇の手に 30日間保管、その後返却 2019年6月28日 福島民友

幕末に孝明天皇から会津藩主松平容保(かたもり)へと送られた御宸翰(ごしんかん)(天皇直筆の書)が1889(明治22)年、容保から明治天皇に提出されていたことが、宮内庁宮内公文書館の史料から明らかになった。朝敵ではなかった証しとなる御宸翰を、容保は亡くなるまで肌身離さず持ち歩いたと伝わる。専門家は「会津藩の歴史を語る上で重要な発見」と驚いている。

出典: www.minyu-net.com

新発見は随時更新してまいります。

2019年(平成31年)日本史新発見のまとめ