【麒麟がくる】大河ドラマで大注目 明智光秀関係 新発見情報のまとめ

投稿者: | 2018年5月26日

2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公として注目が集まる明智光秀。注目が集まると新史料の発見にも期待も高まります。最近では「おんな城主直虎」の放送前に直虎は男だったといったような関連史料の発見報道も記憶に新しいところですね。こちらでは、明智光秀に関する新発見情報をまとめてまいります。

坂本城跡から将棋の駒や青磁が出土(2018年11月14日)

坂本城跡から将棋の駒や青磁が出土 琵琶湖水運の拠点として繁栄 2018年11月14日 産経新聞

戦国武将の明智光秀が築いた坂本城跡(大津市)から、将棋の駒や輸入品の青磁、複数の建物跡などが出土したと大津市教育委員会が14日、発表した。築城前の15世紀後半から16世紀前半のものが多く、市教委は「琵琶湖水運の拠点として栄えていた坂本の当時の様子をうかがわせる具体的な資料だ」としている。

出典: www.iza.ne.jp

織田家に仕える前の光秀の動向(2018年8月3日)

信長に仕える前の光秀、近江で活動…文書発見 2018年8月3日 読売新聞

戦国武将、明智光秀が織田信長に仕える永禄11年(1568年)以前に、近江・湖西地方(滋賀県)で活動していたことを示す文書が見つかった。光秀の動静を示す確実な史料としては最古のもので、当時から足利将軍家との結びつきがあったことをうかがわせる内容だ。

出典: www.yomiuri.co.jp

光秀の重臣・秀満の書状見つかる(2018年6月2日)

光秀の重臣・秀満の書状公開 京都・鮎ずしの礼記す 2018年6月2日 京都新聞

明智光秀の重臣で、福知山城の城代だった武将・明智秀満の書状が京都市内で見つかった。領内の土豪に対し、贈答品の礼や由良川での漁業許可を伝える内容で、専門家は、明智家による丹波北部地域の統治の実態を示す貴重な資料とみている。2日から京都府福知山市内記の福知山城(市郷土資料館)で公開される。

出典: www.kyoto-np.co.jp

光秀ゆかりの周山城の全体像判明(2018年5月26日)

光秀の周山城、全体像判明 織豊期の特徴示す、京都市測量 2018年5月26日 京都新聞

戦国武将の明智光秀が京都市右京区京北周山町に築いたとされる大規模な山城「周山城」の跡地で、市が測量調査を行い、東西1・3キロ、南北0・7キロに及ぶ城の範囲、郭(くるわ)の位置や道といった全体像を確定した。戦国期の城に革新をもたらした織田期の城郭の遺構が山中にほぼ現存しているとみられる。専門家からは発掘調査を求める声が出ている。

出典: www.kyoto-np.co.jp

1570年代に光秀が丹波平定のために築づき、その後比較的すぐに役割を終えたこともあり、織豊時代の城郭の特徴を良く残している城郭です。発掘調査でどんなことがわかるのか期待大ですね。

謀反は室町幕府再興のため?(2017年9月17日)

光秀書状原本と結論 三重大・藤田教授ら調査 土橋重治宛て返書 2017年9月17日 伊勢新聞

三重大学の藤田達生教授は12日、美濃加茂市民ミュージアム(岐阜県美濃加茂市蜂屋町上蜂屋)が所蔵する「(天正10年)6月12日付土橋重治宛光秀書状」を調査し、戦国時代の武将明智光秀自筆の原本と結論付けたと公表した。この結果をふまえ藤田教授は、光秀が織田信長を自害へと追い詰めた本能寺の変(天正10年6月2日)の動機について、「将軍足利義昭の帰洛による室町幕府再興のためにクーデターをおこした」と提唱している。

出典: www.isenp.co.jp

この史料の報道は、「麒麟がくる」が決まる前にあったのですが、本能寺の変の10日後、光秀が敗死する1日前という日付のものになります。この書状からは、光秀の謀反が幕府再興のためであったのか、または追い詰められた光秀が謀反の正当性を幕府再興に求めていたのか判断しにくいところあります。より裏付けのとれるような新史料の発見に期待したいと思います。

なお、こちらの史料は美濃加茂市民ミュージアムのWEBから解説付きで閲覧することができます。美濃加茂市民ミュージアムには、その他織田信長関係の資料も充実しています。

美濃加茂市民ミュージアム

今後も新しい発見をたくさんこちらに加えることができますように!

2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公明智光秀はどんな武将?話題の新書は2018年9月1日発売です。