【日本史】2019年 江戸時代の新発見ダイジェスト

投稿者: | 2019年2月2日

日本史は、日々の研究や発掘の成果により更新されています。それでも、いつどんな発見があったのかは、あまりに多くの発見があるために忘れてしまいがちです。ここでは、2019年の江戸時代の新発見を月ごとに記録してまいります。今年も驚くような新発見に出会えますように…。(2019年9月29日最終更新)

1月

1月はたくさんの発見があったなかで、とりわけ源氏物語のヒロインである「夕顔の死」が描かれた絵巻の発見が多くの方の関心を引きました。

わざと焼き 古さ偽装? 江戸幕府に保護求める古文書 高崎の戸榛名神社 2019年1月5日 上毛新聞

群馬県高崎市の戸榛名(とはるな)神社(同市神戸町)に関係する旧家から、同神社が民間に伝わる神話との関係を根拠に、江戸幕府に対し保護を求めた内容の17世紀(江戸時代前期)の文書が見つかったことが分かった。文書には、神社の評価を高めるため、文書自体をより古い時代のものに見せかけようと故意に焼いたとみられる跡もあった。当時の神社が、民間信仰の神を巧妙に利用したことを示す珍しい史料として研究者が注目している。

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明や清の陶磁器が多数出土 富山城下町遺跡 2019年1月7日 北日本新聞

富山市の富山城下町遺跡から、中国の明や清の時代に作られた陶磁器約50点が見つかった。2006、08年の調査後、収蔵庫に眠っているのを、同市埋蔵文化財センターが東洋陶磁学会との共同調査で発見した。地方の城下町でこれだけまとまった量が出土するのは珍しいという。専門家は、貴重な陶磁器を入手できた背景には、薩摩藩と交易のあった越中の売薬商人の活躍があるのではないかとみている。

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狩野山楽の布袋図発見 2019年1月10日 産経新聞

京都市東山区の建仁寺の塔頭(たっちゅう)霊源院で、江戸時代初期に京都で活躍した狩野派の絵師、狩野山楽(さんらく)が描いた布袋(ほてい)図などが見つかり9日、報道陣に公開した。

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江戸期の鴨川 管理の極意 京産大教授、詳細な絵図発見 京都 2019年1月11日 毎日新聞

江戸時代の鴨川がどのように管理されていたかを示す絵図が京都市内の古書店で見つかった。堤防や護岸が色別に描かれ、裏面には修理や管理の記録などが詳細に書き込まれており、京都町奉行所の役人が使っていた「河川管理マニュアル」とみられる。

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横たわる夕顔、嘆く光源氏…幻の「夕顔の死」見つかる 2019年1月15日 朝日新聞

江戸時代初期に描かれ、全容がわからないこともあって「幻」とも呼ばれる「盛安本源氏物語絵巻」のうち、ヒロインの一人である夕顔の死を描いた場面が新たにフランスで見つかった。源氏物語絵巻で不幸な場面を描いたものは、極めて珍しい。

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堺の鉄砲、繁栄の歩み 鍛冶屋敷の絵図発見  2019年1月20日 毎日新聞

江戸時代前期に建てられた鉄砲の生産現場として全国で唯一残る堺市堺区の鉄砲鍛冶屋敷について、絵図(平面図)が発見された。屋敷に残る約2万点の古文書の中から、市と関西大が見つけた。屋敷の変遷や具体的な製造場所も判明。研究者は「近世の鉄砲製造の実態は知られておらず、一級の史料だ」と評価している。市は2023年の屋敷の一般公開に向けた整備に反映させる。

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熊本城・長塀内側で白川蛇行の跡か 復旧調査で発見 「清正改修前」の可能性 2019年1月23日 熊本日日新聞

熊本地震の後、熊本市が熊本城の地盤を調べるために実施しているボーリング調査で、坪井川の北側から昔の河川とみられる地層が見つかった。江戸時代、加藤清正が河川を改修する前の白川の流れだった可能性があるとみられる。

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2月

津田永忠が「家政婦求む」文書 和気・本成寺で発見 隠居後募集か 2019年2月7日 山陽新聞

津田永忠宅の家政婦求む―。岡山藩郡代を引退した永忠(1640~1707年)が、隠居先で世話をしてくれる女性を募集した文書が7日までに、岡山県和気町和気の本成寺から見つかった。和気町歴史民俗資料館によると、永忠が晩年を過ごした閑谷新田村(備前市閑谷)周辺に出された廻状(回覧文)とみられる。

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江戸初期の世界地図、官軍「山国隊」輩出の地で発見 2019年2月11日 京都新聞

江戸時代初期の世界地図が京都市右京区京北の山国神社で見つかった。各大陸を描いた絵の下に、日本と貿易関係がある都市の情報などが文章で記されている。また中国(明)を描いた大型地図も発見された。いずれも極めて珍しい地図という。山国地域は明治維新の戊辰(ぼしん)戦争で官軍にはせ参じた農兵組織「山国隊」を輩出した地として知られ、研究者は「外部の情勢に関心が高い地元の有力者層が鎖国時代に世界を語り合ったのかもしれない」と話す。

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「寛永通宝」の鋳造所か 長野・松本で未完成品など出土 2019年2月13日 共同通信

長野県松本市の国宝・松本城近くのビル建設現場の発掘調査で、江戸時代の代表的貨幣「寛永通宝」の未完成品や鋳造に使われた道具などが見つかり、16日から松本市時計博物館で一部が公開される。3月3日まで。松本藩では幕府から鋳造が許されており、現場付近一帯が鋳造所だった可能性がある。

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築城時の石垣400年ぶり姿 熊本城の飯田丸五階櫓 [熊本県] 2019年2月20日 西日本新聞

熊本市は19日、熊本地震で被害を受けて立ち入り規制が続く熊本城の天守閣前広場や、「一本足」の石垣に支えられて倒壊を免れた飯田丸五階櫓(やぐら)の復旧工事を報道陣に公開した。飯田丸の現場では、築城時の石垣が約400年ぶりに姿を現した。 築城時の石垣は、1612~15年に五階櫓台を拡張した際、新たな石垣に覆われて消えた。市の担当者は「築城の歴史を示す貴重な資料」としている。

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駿府城本丸、入り口発見 升形虎口の石垣見つかる 2019年2月22日 静岡新聞

静岡市が同市葵区の駿府城公園で行っている2018年度の発掘調査で、徳川家康が築いた駿府城本丸の入り口の建造物である天守下門(したもん)を含む升形虎口(ますがたこぐち)の石垣が見つかったことが21日、関係者への取材で分かった。市は23日に市民向けの現場見学会を開いて解説する。発掘された遺構は天守台の石垣とは石の積み方が異なり、角度がより垂直に近い。天守台東側の石垣と接続した状態で見つかった。

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シーボルト事件の新史料発見、獄死の通訳検視記録 長崎学研究所、3月の紀要に発表 [長崎県] 2019年2月22日 西日本新聞

江戸時代後期、長崎に滞在したドイツ人医師シーボルトが日本地図を国外に持ち出そうとした「シーボルト事件」の新史料を、長崎市長崎学研究所が発見した。事件に関与して獄死した長崎の阿蘭陀通詞(オランダつうじ)(通訳)、稲部市五郎の検視記録。処罰した後も幕府が関係者を重要人物として扱っていたことが分かり、事件の影響の大きさがうかがえる。

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琉球王国時代の「道の跡」発見 幅5メートル、両脇に排水溝 2019年2月23日 沖縄タイムス

首里高校(沖縄県那覇市)の敷地内で県立埋蔵文化財センターが進めている2018年度の中城御殿(なかぐすくうどぅん)跡の発掘調査で、1700年代に作製された「首里古地図」にも描かれている屋敷東側の道の跡が確認された。敷地の外壁に当たる石積みも見つかり、昨年度までの調査結果と合わせて屋敷の範囲が推定できるようになった。

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伊万里で最古の青磁出土 1630年代、有田から技術移転 佐賀・栗木谷窯跡 2019年2月23日 毎日新聞

伊万里市松浦町の栗木谷(くりきだに)窯跡から1630年代とみられる青磁の磁器片3点が出土していたことが分かった。磁器片と周辺の窯跡の出土状況から「有田から磁器の製造技術が移転した伊万里市内では最初の窯跡」と市教委は位置づけている。市内では1580年代から築窯され、江戸初期には松浦町(旧佐賀藩領)と大川町(旧唐津藩領)は一大窯業地となり、80前後の窯跡が残る。大半が陶器の窯。今年度から発掘調査中の栗木谷窯跡からも陶器の皿や碗(わん)が多数出土し、市教委は「1610年代の陶器の窯跡」としていた。【渡部正隆】

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3月

世界遺産 原城二ノ丸跡から出土 一揆当時の砲弾、銃弾か 2019年3月9日 長崎新聞

南島原市は8日、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ、原城跡(同市南有馬町)で発掘の予備調査をし、島原・天草一揆当時のものとみられる鉄製の砲弾や鉛製の銃弾が二ノ丸跡から出土したと発表した。

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天井の桁に「寛保」記述発見! 梁川八幡神社、江戸中期裏付け 2019年3月9日 福島民友

修復作業が進められている伊達市梁川町の梁川八幡神社本殿で、天井の桁に「寛保元年十一月吉日」との記述が見つかった。寛保元年は1741年に当たり、市教委は「現存する神社が江戸時代中期に建てられたことが裏付けられた」としている。

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高岡民家から西郷どん書簡 貴重な「吉兵衛」署名  2019年3月6日 宮崎日日新聞

江戸時代に薩摩藩領だった宮崎市高岡町の民家から、西郷隆盛直筆の書簡が見つかり、鹿児島県の研究団体から真筆と鑑定された。西郷が数年間だけ名乗った「吉兵衛」の名前が記され、専門家は「西郷自身が『吉兵衛』と記した史料は数点しか確認されておらず、非常に貴重」と話している。

出典: www.the-miyanichi.co.jp

春嶽から横井小楠宛ての手紙発見 2019年3月13日 NHK

今回新たに見つかったのは、幕末の福井藩主で幕府の政事総裁職を務めていた松平春嶽が文久2年、1862年12月18日に小楠に出した手紙で、長年、小楠の研究を続けている熊本学園大学招聘教授の徳永洋さんが発見しました。

仏壇の敷物、秀吉の妻ねねの小袖と確認 京都・高台寺  2019年3月19日 朝日新聞

豊臣秀吉の妻ねね(1549~1624)が建立した京都市東山区の高台寺(こうだいじ)の仏壇を飾る敷物(打敷〈うちしき〉、17世紀)が、ねね自身が着ていたとみられる小袖(和服の一種)を仕立て直していたことが、寺と京都国立博物館(京博)の調査で確認された。敷物の裏には1607(慶長12)年7月、ねねが寺に寄進したと記されていたが、専門業者による修理の過程で縫い目をほどいて分解したところ、その記述が裏付けられた。

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与謝蕪村の埋葬記録見つかる 資金出し合い墓建立、京都  2019年3月19日 時事通信

京都市右京区の嵯峨嵐山文華館は19日、江戸中期の俳諧師、画家の与謝蕪村(1716~83年)の最期や、埋葬までの経過を書いた記録が見つかったと発表した。同館を運営する小倉百人一首文化財団の理事長が知人から譲り受け、蕪村を研究する藤田真一関西大名誉教授(近世文学)が確認した。

出典: this.kiji.is

高杉晋作の書簡発見、亡命先から義弟に手紙 再起への心情つづる 2019年3月19日 毎日新聞

幕末の志士、高杉晋作(1839~67年)が禁門の変で敗れた長州藩を逃れ、亡命先の九州から長州の義弟に宛てた手紙が見つかった。亡命中の行動や心情の一端が明らかになった。

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【鹿児島】新史料 西郷どんの息子・菊次郎の新たな書状発見  2019年3月20日 KKB鹿児島放送

最古じゃなかった 丸岡城天守は寛永年間に建造 坂井市教委調査 福井 2019年3月26日 毎日新聞

現存最古との説もあった国重要文化財、丸岡城の天守(福井県坂井市)について部材の柱などを調査したところ、江戸期の寛永年間(1624~44年)に建造されたことが判明した。同市教委が26日、発表した。

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4月

家康に仕えた英国人か 出土の人骨、やっぱり「西洋人」 2019年4月4日 朝日新聞

徳川家康の外交顧問だった英国人の三浦按針(あんじん)(ウィリアム・アダムス、1564~1620)の墓と伝わる長崎県平戸市の石碑下で出土した人骨は、西洋人の骨と判明した。平戸市が1日、発表した。三浦按針とは断定できていないが、市の担当者は「可能性はより高くなった」と話す。

出典: www.asahi.com

天草の複数墓地 潜伏キリシタン墓碑と確認  2019年4月5日 長崎新聞

天草市五和町で長年キリシタンに関わる遺構とされながら詳細不明だった複数の墓地が、潜伏キリシタンの墓碑群であることが墓石に詳しい歴史研究家(オリエントアイエヌジー顧問)の大石一久さん(67)=大村市在住=らの調査で明らかになった。

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江戸時代の鉄砲鍛冶は年商3億円 堺市と関西大が古文書から解明 2019年4月17日 毎日新聞

堺市と関西大は17日、江戸時代前期に建てられた鉄砲の生産現場として全国で唯一現存する市内の鉄砲鍛冶屋敷の古文書を分析した結果、最盛期の年商は約3億円だったと発表した。報告書をまとめた藪田貫・関西大名誉教授(日本近世史)は「鉄砲ビジネスの実態が初めて分かる貴重な史料だ」と話している。

出典: mainichi.jp

熊本城小天守から「貴重な瓦」見つかる 2019年4月19日 RKK熊本放送

復旧工事が進む熊本城小天守から貴重な瓦が見つかりました。江戸時代に作られたものの中で最も新しいものとみられています。熊本城小天守から見つかった瓦は「滴水瓦」と呼ばれ、屋根の先端に付けられる飾り瓦の一部で、熊本城内でも天守閣や大手門など主に重要な建造物に使われています。瓦は、幅12.5cm、高さ10cmで「慶應」の文字があることから、江戸時代最後約150年前の慶應年間に作られたとみられています。

出典: rkk.jp

<山元町教委>坂元城下の変遷伝える 最古の絵図確認 2019年4月22日 河北新報

江戸時代に山元町坂元地区を治めた伊達家の家臣大條(おおえだ)家の拠点だった坂元城城下の様子を記した最古の絵図が見つかった。調査を進めてきた山元町教委は「学術的な価値が高い史料」と話している。

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与謝蕪村の最期を記録した史料見つかる 70年前行方不明 2019年4月26日 京都新聞

京都で亡くなった江戸期の俳人で画家の与謝蕪村(1716~83年)の最期を記録した和紙の史料が見つかり、嵯峨嵐山文華館(京都市右京区)の企画展で、5月12日まで公開している。蕪村の埋葬と墓石建立の経緯を弟子が詳細に記している。

出典: www.kyoto-np.co.jp

5月

三浦按針「墓で毛髪見つかる」記載資料 菩提寺で発見 2019年5月9日 神奈川新聞

徳川家康の外交顧問を務めた英国人ウィリアム・アダムズ(日本名・三浦按針)の遺品が埋蔵されていると伝わる「三浦安針墓」(横須賀市西逸見町)に関し、明治後期に発掘した際に毛髪が見つかったと記された資料が、按針の菩提(ぼだい)寺の浄土寺(同)で見つかった。逸見道郎住職(65)は「資料の発見で、単なる供養塔ではなく、墓としての位置付けが非常に明確になった」と指摘している。

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江戸期のままの長崎街道 小倉北区で路面出土 2019年5月10日 西日本新聞

福岡拘置所小倉拘置支所(北九州市小倉北区)の建て替え工事に伴う発掘調査で見つかった金田(かなだ)遺跡第3地点に、江戸時代に整備された「長崎街道」の一部が含まれていたことが分かった。良好な状態で、路面や側溝に加え、井戸、鬼瓦も大量に出土した。市芸術文化振興財団は「近代以降、開発が繰り返される城下町で、江戸期の街道の路面が往時のまま見つかるのは非常に珍しい」としている。

出典: www.nishinippon.co.jp

★薩長同盟で密談?の茶室、解体前に現存判明 大久保利通旧邸跡   2019年5月14日 京都新聞

京都市上京区で解体工事中の住宅敷地内に、大久保利通の茶室「有待庵」が現存していたことが13日までに分かった。同地は1866(慶応2)年から68(明治元)年まで利通が使っていた旧邸跡に当たり、茶室は薩長同盟が結ばれた小松帯刀(たてわき)の邸宅「御花畑(おはなばたけ)」から移築されたと伝わる。解体を知った歴史研究者原田良子さん(52)=中京区=が「保存や移築は難しくても、せめて記録だけでも残せないか」と、所有者や行政に働きかけている。

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こちらはその後部材が京都市により保存され、再建の方向性が示されました。

京都・鴨川の洪水、御土居破壊と幕府の新堤が原因か 2019年5月13日 産経新聞

京都市中京区の繁華街で、約300年前の江戸時代に起きたとみられる鴨川の洪水跡が出土した。平安京跡で鴨川(賀茂川)の洪水跡はしばしばみられるが、この辺りで見つかったのは初めて。安土桃山期に豊臣秀吉が都の周囲に築いた土塁「御土居(おどい)」を、徳川幕府が市街地開発のため破壊したことが原因とみる専門家もいる。

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「鯰絵」奉納、最古の文書か 福岡市・賀茂神社 皮膚病治癒願う 2019年5月13日 西日本新聞

「ナマズの神様」として親しまれている福岡市早良区の賀茂神社に、国内最古となる「鯰(なまず)絵」奉納に関する文書が残っていることが研究者の調査で分かった。江戸時代(1821年)の日付で、皮膚病の平癒を神社に祈願し、「成就したらナマズの絵馬をささげる」とする内容。鯰絵は1850年代に頻発した大地震を受け、ナマズが起こすとされた地震を抑えようと全国的に流行した。近世の民間信仰の姿を示す貴重な資料として注目される。

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米国で最初に販売された日本茶は茨城「さしま茶」 麗沢大調査 2019年5月13日 毎日新聞

麗沢大(千葉県柏市)の研究チームは、幕末に米国で「日本茶」として最初に販売された茶が関宿藩領内で生産された「さしま茶」とする調査報告書をまとめた。他の産地に先駆け、積極販売した同藩の豪農と米国商人による日米両国の売買記録などで裏付けられた。その後、日本茶は生糸と並んで海外貿易の主要な輸出品に成長しており、報告書では「豪農は茶貿易のパイオニア」と評している。【橋本利昭】

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稲部市五郎種昌の検視記録発見 富岡・七日市藩で獄死 シーボルト事件 連座の通訳 2019年5月14日 上毛新聞

江戸時代後期に「シーボルト事件」に連座して上野国七日市藩(現群馬県富岡市)に預けられ、病没するまでの10年間を牢(ろう)の中で過ごした通訳の稲部市五郎種昌(1786―1840年)の検視記録が13日までに見つかった。幕府側は他殺の疑いを重点に調べており、幽閉後も幕府が稲部を注視して警戒した様子がうかがえる。研究者は「当時の社会をゆるがせた事件の重要人物とされた稲部の研究が進む契機となる」としている。

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長崎・ポルトガル関係2史料発見 鎖国、海防強化示す 2019年5月26日 西日本新聞

1639年、幕府が鎖国政策でポルトガルと断交すると、交易再開を求める船が2度にわって長崎にやって来る。それに関する史料が近年、国内外で相次いで見つかった。2点の新史料を通して、当時の関係者の心境や海防が強化される過程を読み解いた。

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儒学者・頼山陽の新書状見つかる 和気・旧大國家住宅の調査で2枚 2019年5月31日 山陽新聞

歴史書「日本外史」の筆者で知られる江戸時代後期の儒学者、頼山陽(1780~1832年)の新たな書状が30日までに、岡山県和気町尺所の旧大國家住宅(国重要文化財)で見つかった。京都から山口に帰郷する門弟の世話を、山陽道沿いに住む閑谷学校教授・武元君立(くんりゅう)(1770~1820年)ら知人に頼む内容。自作の漢詩も添えており「地域を超えた文人ネットワークの親密さがうかがえる」(同町教委)という。

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6月

350年ぶり日の目、洛陽三十三所の巡礼札 京都・清水寺で発見 2019年6月24日 京都新聞

京都の観音霊場を訪ね歩く「洛陽三十三所」で江戸時代の巡礼札4枚が、札所寺院の清水寺(京都市東山区)で初めて見つかった。江戸時代前期に天皇の勅願で再興したとされ、最古の1枚に書かれた年がそのいわれを裏付ける。29日に開幕する京都文化博物館(中京区)の展覧会で展示され、約350年ぶりに日の目を見る。

出典: www.kyoto-np.co.jp

菅茶山漢詩の池 初確認 神辺・廉塾敷地内 2019年6月25日 山陽新聞

福山市は25日、神辺町出身の儒学者・菅茶山(1748~1827年)ゆかりの国特別史跡「廉塾ならびに菅茶山旧宅」(同町川北)内で、茶山が詠んだ漢詩や日記に登場し、江戸時代の図面にも残る池の跡が見つかったと発表した。現地で存在が確認されたのは初めて。茶山が愛した当時の風景を知る手掛かりになりそうだ。

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竹島、最古の地図発見 1752年に航路示す 2019年6月26日 毎日新聞

竹島(島根県隠岐の島町、韓国名・独島<ドクト>)への航路を示した日本地図としては最古とみられる「日本志山陰部隠岐国(にほんしさんいんぶおきのくに)地図」が見つかった。東京の国立国会図書館所蔵の資料を精査して発見した舩杉力修(りきのぶ)・島根大准教授(歴史地理学)は「竹島を自国の領土と捉えていたことを示す貴重な資料」としている。

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民家下に「幕末の船着き場」 佐賀市柳町 29日、現地で説明会 2019年6月27日 西日本新聞

佐賀市柳町にある旧長崎街道沿いの民家の下から、江戸時代末期の船着き場の遺構が出土した。同市教育委員会によると、船着き場が佐賀城下で見つかったのは初めてで、状態も良好。「当時の街並みがわかる貴重な資料」としている。

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7月

高野山で多数の五輪塔発見 国内でも異例、江戸後期のものか 2019年7月2日 毎日新聞

和歌山県高野山(高野町)内の寺院、圓通寺(えんつうじ)から、多数の小型の木製五輪塔が見つかった。高野山文化財保存会が1日、発表した。計16の木箱に収められ、一部を調べたところ、杉やヒノキ製でいずれも高さ約9センチ、幅約3センチだった。万単位と推測される数の多さは国内でも異例で、同会は「納骨信仰をみる上で、功徳を願った一つの形として極めて貴重な史料といえる」と説明している。【松野和生】

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大分・佐伯城跡から4層階段状石垣 専門家「特異な構造」 2019年7月4日 毎日新聞

大分県佐伯市の佐伯城跡から4層の階段状をした石垣が見つかった。佐伯市教育委員会によると、18世紀前半に大雨のために崩落した斜面を補修した際に築かれたもので、自然石を使う穴太(あのう)積みの技と、堤防などの石組みに似た技術が合わさった特異な構造という。専門家は全国的にみてもきわめて珍しいと指摘する。【衛藤親】

出典: mainichi.jp

最古の鳥羽城絵図発見 天守や石垣が克明に 再建に弾み 2019年7月9日 毎日新聞

三重県鳥羽市教育委員会は8日、江戸時代前期に描かれた最古の鳥羽城絵図を発見したと発表した。天守や本丸御殿、石垣、お堀などが克明に記され、鳥羽城が「海の城」と呼ばれた当時の面影がうかがえる貴重な資料だ。市教委の文化財専門員、豊田祥三さん(44)は「整備が完了した城の状況を示す資料として非常に重要」と話し、鳥羽城の再建に向け関連資料収集の弾みになりそうだ。【林一茂】

出典: mainichi.jp

赤水資料、新たに24点 高萩の子孫宅 地図情報更新の跡 2019年7月12日 茨城新聞

日本で初めて経緯線のある全国地図を完成させた高萩市出身の学者、長久保赤水(1717〜1801年)の新発見を含む資料24点が、同市内の子孫宅で見つかった。新たな発見は「津軽南部改正図」などと書かれた地図の下図1枚で、下北半島の形を修正するなど赤水が地図情報の更新に取り組んだ跡が見て取れる。赤水顕彰会の佐川春久会長は「赤水が細かい作業を繰り返し、地図を仕上げた経緯が分かり、貴重な発見」と話す。

出典: ibarakinews.jp

歌麿の7枚組版画、国内で初めて見つかる   2019年7月12日 共同通信

江戸時代の浮世絵師喜多川歌麿の7枚組版画「見立唐人行列」を、栃木県那須塩原市の医師が自宅で所蔵していることが12日、分かった。歌麿に詳しい大和文華館の浅野秀剛館長によると、7枚全てが国内で確認されるのは初めて。

出典: this.kiji.is

明和町 馬に乗った男装の女官 斎宮博物館が発見、展示 三重 2019年7月13日 伊勢新聞

【多気郡】三重県の斎宮歴史博物館は12日、同館所蔵の絵巻物に「馬に乗った男装の女官」を発見したと発表した。「極めて珍しい」という。13日から明和町竹川の同館展示ホールで特集展示する。会期は8月18日まで。常設展の観覧料(一般340円)が必要。

出典: www.isenp.co.jp

松前藩士らの墓 択捉島に今も 江戸時代後期の警備拠点 2019年7月20日 北海道新聞

【ユジノサハリンスク細川伸哉】北方領土の択捉島に、江戸時代後期にロシアの南下に備えて警備に当たった東北地方や松前藩の藩士らの墓が残されていることが、北海道新聞の現地取材で分かった。通商を求めるロシアとの係争が本格化した19世紀初頭から、1855年の日露通好条約で国境画定するまでの時期に設置されたとみられる約20基で、専門家は「貴重な歴史遺産だ」として保全の必要性を訴えている。

出典: www.hokkaido-np.co.jp

利長、築城指示の書状 高岡市立博物館、27日から初公開  2019年7月25日 富山新聞

高岡市立博物館は24日までに、加賀藩2代藩主で高岡開町の祖・前田利長が築城に関する指示をした書状を確認した。書状は家臣の五兵衛に宛てたとされ、利長の家臣に対する配慮がうかがえる。市立博物館で27日から始まる特別展で初公開する。

出典: toyama.hokkoku.co.jp

★新選組土方歳三の「忘れ物」か 滋賀、草津宿で煙管入れ発見 2019年7月25日 京都新聞

滋賀県草津市教育委員会は25日、国史跡・草津宿本陣(同市草津1丁目)から、宿泊した新選組隊士の煙管(きせる)入れなど、幕末期の旅人の忘れ物18点が見つかったと発表した。それぞれに「失念物」として日付や置き忘れた場所などを記した紙札がくくり付けられており、市教委によると、煙管入れは「土方歳三ら幹部級の持ち物の可能性が高い」という。

出典: www.kyoto-np.co.jp

8月

吉田松陰が添削、いとこの日記発見 誤字訂正や「面白くない」も 2019年8月16日 京都新聞

幕末の尊皇思想家吉田松陰(1830~59年)が、直筆で添削をしていたいとこの玉木彦介(1841~65)の日記を、京田辺市職員の男性が発見し、このほど一部を学術雑誌で発表した。これまで散逸して所在がわからなくなっていた史料で、長州藩の幕末の動向などが新たにわかる可能性があるという。

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江戸期の高額貨幣「丁銀」、唐津城跡で出土 九州初 2019年8月17日 佐賀新聞

唐津市教育委員会は16日、唐津保健福祉事務所(大名小路)の建て替えに伴う唐津城跡発掘調査で、江戸時代の高額貨幣である「丁銀(ちょうぎん)」が出土したと発表した。全国で5例目で、これまで京都や大阪で確認されたケースはあったが、九州では初めて。市教委は「大都市を中心に流通していた丁銀が、西日本の中規模の地方藩でも使用されていたことが分かる貴重な資料」と話す。

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会津藩「大砲」発見!戊辰戦争で使用か? 九州国立博物館保管 2019年8月20日 福島民友

1868(慶応4)年の戊辰戦争から半世紀ほどして御霊櫃(ごれいびつ)峠(郡山市)から発見された大砲が、福岡県の九州国立博物館で保管されていることが19日、分かった。調査した会津新選組記念館長(会津若松市)の高橋一美さん(52)は「会津藩が使用していた大砲であることは間違いない。会津若松への『里帰り』を実現させたい」と会津での展示に意欲を示す。

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椎名道三の古文書確認 黒部市歴史民俗資料館で特別展 朝日の脇子八幡宮保管60点余り 2019年8月22日 北日本新聞

江戸時代の水利土木技術者、椎名道三(現在の滑川市出身)に関する古文書60点余りが、朝日町横尾の脇子八幡宮に保管されていることが、黒部市歴史民俗資料館の特別展実行委員らの調査で分かった。多くは戦前の書籍で活字化されているが、原本の所在を知る人はごく一部の研究者だけだったとみられる。掲載されていない文書も見つかり、一部を同資料館の特別展「十二貫野用水-開削の記憶-」で展示している。 (黒部支局長・荒木佑子)

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姫路城の石垣、増位山の全域で採石か 「矢穴石」発見続々  2019年8月26日 神戸新聞

世界文化遺産・国宝姫路城(兵庫県姫路市)から北に約4キロ離れた増位山で、石垣の石を切り出す際に掘られた「矢穴」の跡がある岩石が続々と見つかっている。これまで南麓方面から矢穴跡の発見が相次いでいたが、東麓方面でも新たに確認。さらに増位山の西側に連なる広峰山でも矢穴跡が見つかったことで、専門家は「広峰・増位山の全域が採石場だった可能性が非常に高まった」と評価する。

出典: cdn.kobe-np.co.jp

県庁跡地から初のキリシタン遺物 「花十字紋瓦」の破片が出土 2019年8月31日 長崎新聞

長崎県教委は30日、江戸時代の禁教令前にキリスト教の重要施設「岬の教会」があった長崎市江戸町の県庁跡地で、江戸初期のキリシタン建築に使われた「花十字紋瓦」の破片2点が出土したと発表した。岬の教会で使われていた物かは不明だが、同跡地でキリシタン関連の遺物が見つかるのは初めて。

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9月

陣屋彫刻の下絵見つかる 織田信長の血引く柏原藩 実物と一致、江戸期の彫刻師が制作 2019年9月5日 丹波新聞

織田信長の血筋が藩主を務めた、兵庫県丹波市にあった「柏原(かいばら)藩」。藩主の居館や政庁として使用され、現在もその一部が残る「陣屋跡」の正面玄関には、随所に見事な彫刻装飾が施されている。このほど、その彫刻と、江戸期の彫刻師・中井権次末裔の光夫さん(11代目、京都府)宅に保管されていた彫刻の下絵が一致し、同陣屋跡の装飾は6代目の中井権次正貞(1855年没)らによるものであることがわかった。現物彫刻の実測寸法とほぼ一致する下絵も確認された。

出典: tanba.jp

久能山東照宮 神庫、屋根裏で棟札見つかる 1626年建立判明  2019年9月10日 静岡新聞

静岡市は9日、国指定重要文化財の久能山東照宮神庫の屋根裏で、建立時期や建立に関わった人物を記した棟札が見つかったと発表した。市によると、国宝である本殿の建立時期は判明していたが、社殿群の造営時期がはっきりするのは初めてという。

出典: www.at-s.com

岡山城下最大火災の痕跡を初確認 千日前地区 廃棄穴群から瓦や陶器 2019年9月11日 山陽新聞

江戸期に起きた岡山城下最大の火災「大村(おおむら)火事」(1708年)で焼けた瓦礫(がれき)を埋めたとみられる廃棄穴群が10日までに、岡山市教委が発掘調査する千日前地区(同市北区表町)で出土した。武家屋敷や町家など千戸以上が焼失したと文献で伝わるが、痕跡が見つかったのは初めて。長径10メートル以上、深さ約2メートルの巨大な穴もあり、関係者は「火災の大きさに加え、復興の過程もうかがえる貴重な成果」としている。

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加賀藩政に懸念の書状 筆頭家老・本多政長の下書き確認  2019年9月12日 北國新聞

加賀藩筆頭家老を務めた本多家の2代政長(まさなが)(1631~1708年)が、加賀藩5代藩主前田綱紀の後見役だった会津藩祖・保科正之に送った書状3通の下書きが11日までに金沢市内で確認された。加賀藩政に関する意見がしたためてあり、国元の重臣として、まだ若かった綱紀(当時・綱利(つなとし))が行おうとした新たな政策を懸念していたことなどがうかがえる。

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日蘭仮装パーティーの水彩画発見 江戸で出島商館長らと交流 2019年9月14日 共同通信

江戸時代後期に長崎・出島のオランダ商館長らが和装し、日本の蘭学者が洋装して、商館長一行の江戸滞在時の定宿「長崎屋」で“仮装パーティー”を楽しむ様子を描いた水彩画が、14日までにオランダで見つかった。長崎屋は、蘭学者の前野良沢や大槻玄沢も訪れた日蘭学術交流の拠点だった。絵を調査した松田清京都大名誉教授は「蘭学者の語学力が飛躍的に向上し、オランダ人と親密に文化交流していたことを裏付ける貴重な史料だ」としている

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政宗の隠し子宛て書状か 佐沼亘理家の初代当主へ 宮城 2019年9月20日 毎日新聞

仙台藩初代藩主、伊達政宗(1567~1636年)から家臣、亘理宗根(むねもと)(1600~69年)に送られた書状に実の子であることを強くうかがわせる内容が確認されたと、宮城県登米市歴史博物館が発表した。宗根は政宗の子とする説は以前からあるが、関係する史料が確認されるのは極めて珍しいという。書状は21日から同博物館で開かれる亘理宗根没後350年記念企画展「伊達政宗の子どもたち」で展示される。【山田研】

出典: mainichi.jp

新発見は随時更新してまいります。

2019年(平成31年)日本史新発見のまとめ