かすみがうら市歴史博物館「新撰組隊士三木三郎のその後」は10月20日(日)まで開催

投稿者: | 2019年8月18日

かすみがうら市歴史博物館(茨城県かすみがうら市)では、10月20日(日)まで令和元年度企画展2「新選組隊士 三木三郎のその後」が開催されています。(2019年8月18日最終更新)

令和元年(2019)は、かすみがうら市出身で新選組隊士となった「三木三郎」が大正8年(1919)に亡くなってから没後100となる年です!
三木三郎は、兄である伊東甲子太郎と共に元治元年(1864)に新選組に入隊しました人物です。しかし、新選組と意見を違えるようになり、慶応3年(1867)兄らと共に御陵衛士として新選組と分離していきました。兄が油小路で新選組隊士によって暗殺されると、他の御陵衛士らと共に薩摩藩と行動することが多くなり、戊申戦争時は赤報隊2番隊を経て、新政府軍の軍曹として活躍していきました。維新後は、警察官として任務を得るようになり、長野、山形、福島県などの警察官として活躍しました。一方で、兄の贈位活動に奔走し、子孫には自らの経験を伝えていくなど、幕末維新の総仕上げを行っていきました。
今回の企画展は、三木三郎の御陵衛士以後の人生を中心に紹介し、どのような明治維新を迎えたかに焦点を当てました。新選組を経験し、明治時代を生き抜いた数少ない御陵衛士の一人としての三木三郎の人生を堪能していただければ幸いです。

出典: www.city.kasumigaura.lg.jp

鈴木三樹三郎とその兄である伊東甲子太郎が志筑藩(しづくはん:旗本本堂氏領、現かすみがうら市)の出身であったことからかすみがうら市歴史博物館ではふたりの足跡や繋がる人々について焦点をあてた展示会が度々開催されています。

今回の展示ては特に鈴木三樹三郎の没後100年ということで明治以後の三木三郎の人生が詳しく解説されています。新撰組隊士のころは三木三郎で御陵衛士のころは三樹三郎を名乗っていたようなので、「新撰組隊士三木三郎」となるようです。

鈴木三樹三郎というと、明治になってからの永倉新八との両国橋での出会いが思い出されます。三樹三郎からすると永倉は兄伊東甲子太郎の仇であり、以下の緊迫したやりとりが印象的です。

「しばらくでござった。貴公はただいま何処にいらるるかな(鈴木)」

「拙者は松前藩に帰参いたしてござる(永倉)」

「いずれお目に懸かる機会もござろう(鈴木)」

会釈して別れる。

この出会いも今回の展示では紹介されているかもしれませんね。

併せて、かすみがうら市歴史博物館のWEB内の「市内指定文化財」のページからは、かすみがうら市の文化財や史跡について簡単な解説付きで知ることができます。なかなか行くことができない戦国時代の佐竹氏関連のお城なども楽しめます。

開催概要

会期 2019年8月3日(土)~10月20日(日)

休館日 月曜休館 祝日の場合は翌日

開館時間  午前9時~午後4時30分

入館料その他詳細は公式WEB「かすみがうら市歴史博物館」を参照ください。

アクセス

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