【日本史】2019年 戦国時代 安土桃山時代の新発見ダイジェスト

投稿者: | 2019年2月2日

日本史は、日々の研究や発掘の成果により更新されています。それでも、いつどんな発見があったのかは、あまりに多くの発見があるために忘れてしまいがちです。ここでは、2019年の戦国時代安土桃山時代の新発見を月ごとに記録してまいります。今年も驚くような新発見に出会えますように…。(2019年5月12日最終更新)

1月

1月は、秀吉に関係する発見が多くありました。障子堀といえば、小田原北条氏の築城の代名詞とも考えられていましたが、上方でも同時代に障子堀が用いられていたことが分かったのが興味深いですね。

成政肥後拝領早々に内定 秀吉の九州平定10日後、書状に記述 2019年1月4日 北日本新聞

越中ゆかりの戦国武将、佐々成政が豊臣秀吉から肥後国(現熊本県)の支配を認められたことを示す書状の写しが東京大史料編纂(へんさん)所で見つかった。日付は秀吉の九州平定=(1)=からわずか10日後。調査した富山市郷土博物館の萩原大輔学芸員は「秀吉は、朝鮮出兵の重要な軍事拠点になる肥後を、かなり早い段階で成政に割り当てることを決めていた可能性が高く、信頼の厚さがうかがえる」としている。

出典: webun.jp

村井貞勝菩提寺の堀跡出土 秀吉「京都改造」で寺集積、変遷示す 2019年1月16日 京都新聞

京都市下京区寺町通四条下ルの浄教寺の発掘調査で、本能寺の変で死去した戦国武将、村井貞勝の菩提(ぼだい)寺に築かれたとみられる堀跡が見つかった。調査した民間調査会社は、豊臣秀吉が京都改造で寺町通を整備する際に堀を埋めたとみており、洛中の端に当たる通りに寺を集積させた変遷を示すという。

出典: www.kyoto-np.co.jp

秀吉の大坂城跡に地震痕 落ちた金箔瓦、復旧に再利用か  2019年1月19日 朝日新聞

豊臣秀吉が築いた大坂城跡(大阪市中央区)で、1596年の慶長伏見地震とみられる痕跡がみつかっていたことがわかった。調査した大阪文化財研究所(大阪市)によれば、激しい揺れで地層は波打つように変形し、建物から落ちたとみられる金箔(きんぱく)瓦は、復旧工事の際に地面の上に敷き詰められていた。大坂城跡で地震痕跡がみつかるのは珍しく、巨大地震の被害や復旧の様子を知る貴重な資料として注目されそうだ。

出典: www.asahi.com

高槻城跡から高山右近の堀跡 西日本で最古級「障子堀」発見  2019年1月30日 毎日新聞

大阪府高槻市の高槻城跡で、キリシタン大名として知られる高山右近が城主を務めた戦国時代末期に掘られたとみられる堀跡が見つかり、市教委が30日、発表した。底に侵入者の動きを封じる仕掛けを施した「障子堀(しょうじぼり)」で、西日本では最古級の例。「築城の名手」と呼ばれた右近の姿に迫る発見という。

出典: mainichi.jp

2月

2月の新発見はなかったようです。

3月

豊臣大坂城三ノ丸に大型建物 武将・佐竹義宣の屋敷跡か 2019年3月20日 朝日新聞

豊臣秀吉(1537~98)が築いた大坂城の三ノ丸跡(大阪市中央区)で、大名屋敷とみられる大型建物跡がみつかった。大阪府教育委員会と府文化財センターが20日発表した。出土した家紋が入った瓦などから、秀吉配下の武将だった佐竹義宣(よしのぶ、1570~1633)の屋敷地との見方が強まっている。

出典: www.asahi.com

秀吉の最古級の検地帳発見 信長配下時代の貴重な史料 2019年3月26日 朝日新聞

羽柴(豊臣)秀吉(1537~98)が、織田信長の家臣として播磨(はりま、兵庫県南西部)を治めていたころにつくらせた検地帳の写しがみつかった。県立歴史博物館(姫路市)が26日発表した。信長政権下の検地帳が確認されるのは珍しく、これまでにみつかった秀吉の検地帳の中でも2番目の古さ。専門家は、政権奪取後に秀吉が始めた太閤(たいこう)検地の成立過程を知るうえで貴重な史料として注目する。

出典: www.asahi.com

加藤清正に朝鮮出兵を…秀吉「朱印状」見つかる 愛知の旧家 2019年3月27日 毎日新聞

戦国武将の豊臣秀吉が朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の際、重臣だった加藤清正(1562~1611)に出兵を命じた「朱印状」が愛知県刈谷市の寺で見つかり27日、報道陣に公開された。市歴史博物館によると、朱印状は縦21・5センチ、横125・5センチ。江戸時代に旧刈谷藩士だった旧家の菩提(ぼだい)寺で発見され、昨秋に同館に寄贈された古文書数百点の一つで軸装されていた。

出典: mainichi.jp

尾鷲 戦国時代の「常滑甕」片を発見 曽根城跡周辺で 三重  2019年3月29日 伊勢新聞

【尾鷲】三重県の尾鷲市教育委員会は、同市曽根町の曽根城跡周辺から、戦国時代の遺物とされる常滑甕(とこなめがめ)片が見つかったと発表した。曽根城跡周辺から採集された遺物は、平成29年6月に発見された天目茶碗片に続いて2例目だが、築城時期と重なる遺物が見つかるのは初めて

出典: this.kiji.is

4月

秀吉が最晩年を過ごした伏見城の石積み階段が出土 有力大名屋敷の裏口階段か 2019年4月6日 産経新聞

安土桃山期に豊臣秀吉と徳川家康が築いた伏見城の跡(京都市伏見区)から大規模な石積みの階段が出土し、京都市が緊急の調査を実施していたことが6日分かった。石に焼けた痕跡があることから、秀吉が最晩年を過ごし、関ケ原の戦いの前哨戦で焼失した木幡(こはた)伏見城の遺構とみられる。わずか2年あまりで焼失した“幻の城”。豊臣期の遺構はこれまで石垣の一部が見つかっているだけで、大規模な遺構が良好な保存状態で見つかったのは今回が初めて。

出典: www.sankei.com

金華山山頂で新たな石垣 道三期のものか、岐阜城 2019年4月25日 共同通信

岐阜市は24日、岐阜城がある同市・金華山(329メートル)の山頂部で、新たな石垣や巨石列を見つけたと発表した。裏門周辺に当たり、石垣の一部は戦国武将の斎藤道三が築城した当時のものとみられる。市は「山頂部で道三期の石垣が発見されるのは初めてで、巨石列を含め裏門の構造解明につながる」としている。

出典: this.kiji.is

5月

豊臣政権期の武家屋敷遺構 奈良・郡山城跡で見つかる 2019年5月9日 産経新聞

奈良県大和郡山市の郡山城跡で、豊臣政権期の武家屋敷跡とみられる建物遺構が初めて見つかり、市が8日発表した。郡山城三の丸に武家屋敷があったことは江戸時代の絵図から明らかになっているが、今回の調査で建物遺構を覆う盛り土層から16世紀末頃の遺物が出土し、調査担当者は「最も古い遺構は豊臣政権期にさかのぼる」としている。

出典: www.sankei.com

新発見は随時更新してまいります。

2019年(平成31年)日本史新発見のまとめ